こんにちはフルスイング野原です今回は なぜ卓球ラケットは「赤と黒」なのか? というテーマで書いてみました。
卓球というスポーツを思い浮かべたとき、誰もが無意識にイメージする象徴的なビジュアルがあります。それは、ラケットの片面が「赤」で、もう片面が「黒」という独特の色彩です。
「そんなの当たり前じゃないか」と思われるかもしれません。しかし、なぜ他のスポーツのように自由な色が許されないのか、なぜあえて二色に分ける必要があるのか、その理由を正しく説明できる人は意外と少ないものです。
実は、この「赤と黒」というシンプルなルールには、卓球の歴史を揺るがした壮絶な「騙し合い」と、競技の存続をかけた国際的なドラマが隠されています。
かつての卓球界では、ラケットの色を逆手に取った「魔法のような戦術」が横行し、対戦相手も観客も、何が起きているのか全く分からないという異常事態が続いていました。
今回は、卓球が「健全な知力と技術のスポーツ」へと進化するために必要だった、この色のルールの裏側にある、泥臭くも知的な歴史を紐解いていきます。
この記事を読み終える頃、あなたの手元にあるラケットの赤と黒は、単なる色ではなく、スポーツの公平性を守り抜いた「勝利の証」に見えてくるはずです。
自由すぎた色彩。1980年代以前の「何でもあり」な暗黒時代
現代のルールを知る私たちからすれば信じがたいことですが、1980年代の初頭まで、卓球ラバーの色に関する制約はほとんど存在しませんでした。
ラケットの両面を同じ赤色にしても、漆黒のラケットで挑んでも、ルール上は何の問題もなかったのです。この「色の自由」が、卓球という競技に一種の「ミステリー」のような要素を持ち込みました。
当時の選手たちが目をつけたのは、ラバーの性能差を色で隠すという戦術です。卓球のラバーには、大きく分けて「回転がかかるタイプ(裏ソフト)」と「回転が全くかからない、あるいは逆転させるタイプ(粒高やアンチラバー)」があります。
これらを同じ色にして両面に貼り、ラリー中に手の中でくるくるとラケットを回転させる「反転」という技術を組み合わせると、相手にとっては悪夢のような状況が生まれます。
相手からすれば、全く同じ色のラケットから放たれたボールなのに、ある時は強烈な上回転が来、ある時は死んだような無回転が来る。その違いを目視で判別する手段が、当時の選手たちには奪われていたのです。
これはもはや技術の応酬というよりも、どちらが先に「視覚の罠」に嵌まるかという、極めてストレスの多い心理戦でした。
この「同色反転」の戦法が最も猛威を振るったのが、1970年代から80年代にかけてです。当時の試合は、現代のスピード感あふれるラリーとは異なり、ミスを誘い合う重苦しい展開が目立ちました。
トップ選手ですら、相手がどちらの面で打ったか分からず、何でもないチャンスボールをネットにかけたり、空振りしたりする。
それを見ている観客やテレビ視聴者にとっては、なおさら意味が分かりません。「なぜ世界一の選手が、あんなに簡単なボールをミスするのか?」という疑問が、競技の魅力を削ぎ取っていました。
卓球が「地味でよく分からないスポーツ」というレッテルを貼られかけていた時期でもあります。この状況を打破するために、国際卓球連盟(ITTF)は一つの決断を迫られることになります。
伝説の魔術師、蔡振華が示した「色の罠」の破壊力
この同色ラバーによる反転戦術を究極の域まで高め、世界を席巻したのが、中国の伝説的プレイヤー、蔡振華(サイシンカ )です。
彼は後に中国ナショナルチームの総監督として、劉国梁(リョウコクリョウ) や孔令輝(コウレイキン)といったスター選手を育て上げた名将ですが、現役時代は「魔術師」の異名をとるほど相手を翻弄しました。
蔡振華は、両面に全く同じ色のラバーを貼っていました。片面は強打が可能な裏ソフト、もう片面は回転を無効化するアンチラバー。彼はラリーの最中、打つ直前まで激しくラケットを反転させ続けました。
対戦相手は、彼のスイングの僅かな音の違いや、ボールの飛び出す一瞬の角度から、どちらの面で打たれたのかを必死に推測しなければなりませんでした。
しかし、時速100キロを超えるラリーの中で、その推測を的中させ続けるのは、人間業ではありません。蔡振華が大きく振り抜いたボールが、実はスカスカの無回転だったりするのです。
これを返球しようとラケットを合わせると、ボールは無残にも空を切り、台を大きく外れて飛んでいきます。
蔡振華の圧倒的な強さは、技術の高さもさることながら、この「情報の非対称性」を最大限に利用した点にありました。
彼は、卓球を「相手を欺く競技」として再定義してしまったのです。しかし、これが世界選手権などの大舞台で繰り返されるたびに、国際卓球連盟の危機感は募りました。
「このままでは卓球は、手品を見せられているような不透明なスポーツになってしまう」という懸念です。スポーツには、努力や技術の向上が報われるという公正さが不可欠です。
運や情報の隠蔽だけで勝負が決まるような状況は、競技の発展を阻害します。ついに1983年、世界選手権東京大会の直後、歴史を動かすルール改正が通告されました。
それは、蔡振華のような「魔術師」たちの活躍の舞台を永遠に奪い去る、冷徹かつ合理的な宣告でした。
1983年の断断。なぜ「赤と黒」という特定の組み合わせなのか
1983年に決定され、翌年から施行されたルールは非常にシンプルでした。「ラケットの両面に使用するラバーの色は、一方が明るい赤、もう一方が黒でなければならない」というものです。
この改正の目的は、一にも二にも「視認性の確保」にありました。ラケットのどちらの面で打ったのかを、相手選手だけでなく、審判や観客にも一目で分かるようにすること。
これにより、卓球界から「同色による騙し合い」という戦法が、文字通り物理的に封じられたのです。
なぜ「赤と黒」だったのかという点についても、深い理由があります。当初は他の色の組み合わせも検討されましたが、視覚効果や当時の技術背景からこの二色が選ばれました。
まず、赤と黒は色のコントラストが極めて強く、高速で動くラケットの表裏を判別するのに最適です。また、卓球台の色(当時は緑が一般的でした)に対しても補色に近い関係にあり、背景に紛れることがありません。
さらに、当時のカラーテレビ放送の普及も影響しています。モノクロテレビでも明度の差がはっきりと分かる赤と黒は、メディアにとっても歓迎すべき選択でした。
このルール改正は、卓球のプレースタイルを根本から変えました。相手がどちらの面で打ったかは、もう隠せません。
これによって、「相手をミスさせる」ことから「自ら打ち抜いて得点する」ことへと、戦術の重心が大きくシフトしました。
蔡振華をはじめとする反転戦術の使い手たちは、この改正によって事実上の引退やスタイル変更を余儀なくされました。
しかし、その犠牲の上に、現代のダイナミックでパワフルな卓球が成立したのです。
選手たちは、隠す技術を磨く代わりに、誰が見ても分かる状況で「それでも返せないほど鋭い回転」や「追いつけないほどのスピード」を磨くようになりました。
ルールが不自由さを強制したことで、皮肉にも技術の進化は加速したのです。

色が分かれた後の戦い。視覚から推理、そして脳の演算へ
ラバーの色が赤と黒に分かれたことで、卓球から「騙し合い」が完全に消えたわけではありません。むしろ、欺瞞のレベルはより高度で知的なものへと進化しました。
現代の選手たちは、オープンになった視覚情報を逆手に取り、相手の脳に「誤作動」を起こさせる術を心得ています。
その代表が、サーブ時のフェイクモーションです。色は見えています。しかし、インパクトの瞬間にラケットを激しく上下させ、どちらの面で当てたのかを視覚的に混乱させます。
あるいは、ラケットを振り抜く方向とは全く逆の回転をかけるといった、物理学を応用したトリックも洗練されました。
色は分かっていても、その面で「どのように打ったか」までは完全には見破れません。以前の「情報の隠蔽」から、現代は「情報の過負荷」による攻撃へと進化したのです。
また、中級者以上のレベルになると、相手がバックハンドで打った瞬間に「赤いラバー(裏ソフト)」か「黒いラバー(表ソフト)」かを、脳が瞬時に処理します。
赤い面なら回転が強いからラケットを伏せ気味に、黒い面(異質ラバーの場合)ならナックルが来るから押し気味に、といった判断を0.1秒で行います。
この「色による判断」が、現代卓球における反応速度の重要なピースとなっています。もし今、再び両面が同色に戻ったとしたら、現代のトッププロですらそのスピードについていけず、ミスを連発することでしょう。
赤と黒というルールは、選手たちに「予測の材料」を与えると同時に、その材料を使いこなすための高度な脳の演算を要求しているのです。
卓球が「走るチェス」と呼ばれる所以は、このルール改正によって完成されたと言っても過言ではありません。
2021年の新潮流。なぜ今また色が増えたのか
赤と黒の時代が40年近く続いた後、2021年に再び大きな変化が訪れました。国際卓球連盟は、片面が黒であれば、もう片面は赤以外の明るい色(ブルー、ピンク、バイオレット、グリーン)でも良いという新ルールを適用したのです。
これにより、卓球場に再び彩りが戻ってきました。一見すると、1983年以前の混沌とした時代に逆戻りするように見えるかもしれません。
しかし、このルールには「片面は必ず黒であること」という鉄の掟が残されています。
なぜ今、色が増えたのでしょうか。そこには、卓球というスポーツをより現代的で、ファッショナブルなものにアップデートしたいという戦略があります。
特に若年層のプレイヤーにとって、自分の好きな色の用具を選べることは、競技への愛着を深める大きな要素となります。
また、カラーラバーの登場は、用具メーカーにとっても新たな市場を開拓するチャンスとなりました。
この「新色時代」においても、かつてのような騙し合いが再発しないのは、赤の代わりにブルーやピンクを使っても、黒とのコントラストが明確に保たれているからです。
「異なる性能のラバーを、視覚的に区別できるようにする」という1983年の基本理念は、少しも揺らいでいません。
むしろ、この変化は卓球が「伝統を守りながらも、時代のニーズに合わせて柔軟に進化している」という健全な証拠です。
ピンクのラバーから放たれる強烈な一撃や、ブルーのラバーでの華麗なカットなど、ビジュアル面での楽しみが増えたことで、卓球のエンターテインメント性は一段と高まりました。
歴史が一周して、色彩が戻ってきた。しかし、それはかつての「暗器」としての色ではなく、選手と競技を輝かせるための「個性」としての色なのです。
道具とルールの追いかけっこ。卓球の進化が止まらない理由
卓球の歴史を俯瞰すると、常に「画期的な道具や戦術の出現」と「それを制限、あるいは調整するルール改正」の繰り返しであることが分かります。
1950年代に日本が開発したスポンジラバーが卓球のスピードを爆発的に上げ、1980年代には色を巡る心理戦がピークに達しました。
近年でも、ボールの材質がセルロイドからプラスチックに変わり、サイズが38ミリから40ミリに大きくなるなど、変化は止まりません。
なぜ、卓球はこれほどまでにルールが変わるのでしょうか。それは、卓球が「道具への依存度が極めて高いスポーツ」だからです。
わずか数グラムのラバー、コンマ数ミリのスポンジ厚、そして1ミリの色の違いが、勝敗に致命的な影響を与えます。
もしルールによる制限がなければ、卓球は人間の技術を競う場ではなく、物理学と材料工学の実験場となってしまうでしょう。
「赤と黒」という色の規定は、一見すると小さな決まりごとに思えるかもしれませんが、それは卓球が「人間が主役であるスポーツ」として生き残るための、命綱のようなルールだったのです。
誰が見ても何が起きているか分かり、公正な条件下で知略を尽くす。
その当たり前の価値を守るために、先人たちは多くの議論を重ね、時には蔡振華のような偉大なプレイヤーの武器を奪うことさえ厭いませんでした。
この「追いかけっこ」があるからこそ、卓球は常に新鮮であり続け、世界中で愛される競技へと成長できたのです。

まとめ|ラケットの「赤と黒」は、スポーツの誇りである
卓球ラケットの「赤と黒」に隠された、騙し合いとルール改正の物語。
私たちが普段、当たり前のように目にしているあの色彩は、卓球が「健全なメジャースポーツ」へと脱皮するために避けては通れなかった、生みの苦しみの記録でもありました。
もし1983年にあの決断が下されていなければ、卓球は今頃、一部の愛好家だけが楽しむ「手品」のような趣味に留まっていたかもしれません。
赤と黒というコントラストは、相手を尊重し、手の内を明かした上で、それでも技で上回るという、スポーツマンシップの象徴なのです。
もしあなたが今度、自分のラケットを握る機会があったら、ぜひその「色」を指先でなぞってみてください。
それは単なるゴムの色ではありません。かつての「魔術師」たちを沈黙させ、卓球に光をもたらした歴史の重みです。
そして、相手のラケットの色を意識しながらプレーを始めた時、あなたは卓球という競技が持つ本当の奥深さに触れることになります。
色の違いを知り、そこから回転を読み解き、一瞬の判断を下す。この一連の脳の営みこそが、卓球が私たちに与えてくれる最高の知的刺激です。
「このラバー、次はバイオレットにしてみようかな」と考えるのも素晴らしい楽しみ方です。
しかし、その自由がかつての厳しいルールの土台の上に成り立っていることを知れば、あなたの卓球ライフはより一層深いものになるはずです。
さあ、ラケットの表裏を確かめ、台の前に立ちましょう。
色のルールが守り抜いた、この美しくも過酷な「0.1秒のチェス」を、心ゆくまで楽しんでください。
次にあなたが試合で赤と黒のラケットを振るとき、その一振りに込められるのは、単なるボールの回転だけではないはずです。
それは、何十年にもわたって磨かれ続けてきた、卓球というスポーツそのものの進化と誇りなのです。
より深く、より戦略的に。この物語を知ったあなたの卓球は、今日から確実に変わります。
ぜひ、この知見を胸に、次の一勝を掴み取ってください。